お節介

最近つくづく思うのが、お節介がタブーになっている。
スマートな生き方、本心を表に出さない人が多すぎるのではないかと思います。

例えば
恋人は?
結婚しないの?
私の若い頃、年頃になると頻繁に聞かれた。

これらの言葉が禁句になりつつある。
確かに行き過ぎたセクハラ・パワハラ等は同情するが
少々、簡単なことで傷ついたり、不快に思ったりしすぎではないかと・・・
それともシャイなのか?

いずれも個人のプライバシーを阻害するという批判は承知しているが
そのお節介があることで新たな人間関係ができてきたのも事実である。

人生は必ず他人との関わり続けて行かなければなりません。
関わることで気に入らない事があったり、傷ついたりするが最終的には
「お互い様」やで、という着地点をもっておきたい。

「彼女は?」
笑って「いません めっちゃほしいんですけど」
こういう人は好感が持てる。
しかし、「今はちょっと」とか「想像にお任せします」だったら会話はENDでしょうね。

あるロックスターは、「生きている証は日々を告白すること」と言った。

程度の差異はあれど、欲しいものをハッキリ伝えられる人やお節介を

受け入れられる人は当該物をを手に入れられる確率高くなるし、好感が持てます。

 

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